No.371, April27, 2018, 映像と原作のあいだ

無事に放送&配信できました!U-CもSt.Louisも一気に春

本日は、時間通りに無事に放送も配信もできました!お見舞いのメール、写真、ありがとうございます。U-Cも St. Louisは気温上昇、Tamakiさんからのメールによると、今週末は、Japan Houseの桜もようやく満開となります。RyutaさんからもSt. LouisのWashington大学キャンパスの花盛りな写真が届きました。日本は、今日からゴールデンウィーク。初夏の暖かさです。

ようやく満開、Washington Uni@St. Louis, April27, 2018, by Ryuta

Part1, イリノイマラソン、イリノイ大学メディア映像学部主催映画祭

Illinois Marathon: 5K Race 4/27 (金) 7:30pm-、10K・ハーフ・フルマラソン 4/28 (土) 7:00amごろから。ゴールはイリノイ大学キャンパス内のMemorial Stadium、スタートはそのやや南側のFirst Street上です。

クリープハイプ「校庭の隅に二人、風が吹いて今なら言えるかな

Illinifest Student Film Festival: 4/28 (土) 10:30am-8:10pm @ Gregory Hall Theater (810 South Wright Street, Urbana) イリノイ大学メディア・映画学部(MACS)の学生が授業の一環として企画運営している映画祭です。学生やプロが作成した短編映画の上映と表彰があります。(Free to all)

春の日に、沿道の花たち@Nagaya, April 2018, by Michiyo

Part2, 映像と原作のあいだの楽しみ方

菅田将暉「さよならエレジー」(「若い人に懐かしみ熱を感じました」というHirokoさんからのオススメの曲です。菅田将暉&桐谷健太 「浅草キッド(映画バージョン)」from 映画『火花』サウンドトラック

映像と原作

映画『火花』(板尾創路監督、2017)を見てから原作『花火』(又吉直樹、2015)を読みました。映画の中の徳永(菅田将暉)も神谷(桐谷健太)も真樹(木村文乃)も好きです。今時、こんなまっすぐな青春映画があるんやなあと思いました。そこで、原作も読んで見て、映像で素通りして見てしまったシーンが、本では、映像も音も使わず、言葉だけで、こんな風に細部まで表現されていたんだ、と感心しました。そこで、HSのスタッフに尋ねました。映像と原作、どのように見ますか、読みますか。

又吉直樹『火花』文春文庫, 2017

子どもの頃は映像よりも本を読むことが多かったby Ryuta

原作ありの映画化作品については、あまり期待しないことが多いですね……。最近はそれほどでもないのですが、子どものころは映像よりも本を読むことのほうが多かったので、小説・マンガを先に知っていることのほうがよくありました。映像になると、やはりカットされたエピソードがあったり、映画監督や脚本家の解釈で変に改変されていたりすることがあります。(ただ、あまりひどいものに当たった記憶もないのですが)

原作派ですが、映像も原作も独立した創作

私はもっぱら原作派です。ただ、アニメーションなどで作品を知ってから、その原作を見るということもよくあります。最近話題の吉野源三郎『君たちはどう生きるか』は、漫画で広く知られるようになりましたが、私はやはり原作が良いと思います。原作は最近学部のゼミ生たちと読んで、感想などを話し合いました。

高畑勲さんのことが話題になりましたが(HS Podcast No.369)、『火垂るの墓』はアニメを観てから野坂昭如の原作を読み、その「悪文」ぶりに驚きました。ただ、原作の訥々とした、まったくなめらかでない文章が、この作品に込められた「ひだ」のようにも感じます。どちらが本物、ということではなく、どちらも独立した創作であると考えることにしています。by Yoshi

小説「火垂るの墓」は、どんな文章だったのかと読み返してみると、一文が恐ろしく長い。何行も、読点だけが続き、1つの段落に句点が1つの場合も多い。目をそむけられない記憶の情景を心のカメラが追っているような迫力があります。by Mugi

野坂昭如『戦争童話集』中央公論社(1975)、『アメリカひじき・火垂るの墓』新潮文庫(1982, 20刷)、『アニメーション火垂るの墓』脚本・監督高畑勲、新潮社(1988年8刷)

「火垂るの墓」の小説とアニメ

西川祐子『借家と持ち家の文学史ー「私」のうつわの物語』(1998、三省堂)に「火垂るの墓」のアニメと原作についてこんな文章があります。

この小説の欠点は悲しすぎることである。高畑勲脚本、監督のアニメーション映画も悲しく美しすぎる。……p.141

アニメには、原作にはない場面がいくつかある。兄が死んだ妹を自分の手で焼いて骨にしなければならない日、空は青く晴れ渡り、すでに敗戦の玉音放送もあったことから、焼け残った屋敷町あたりはばからず蓄音機を鳴らす音が聞こえてくる。歌は「埴生の宿」、英語の「ホーム、スウィート・ホーム」である。「家庭にくらぶべき場所はほかになし」とリフレーンはうたう。十四歳の男の子が家族の最後のメンバーを失った日に聞こえてきて、これでもか、これでもか、と心をえぐる残酷な歌となっている。日本語の「家庭」という言葉が「明るい」「楽しい」「健全な」などと肯定的なひびきをもつ形容詞とばかり結びつくように、英語の「ホーム」も「スウィート」で「ハッピー」でなければならない。….p.142

小説の中にもアニメの中にも登場するサクラドロップの缶のイメージは、今でも私をせつなくさせる。残り少なくなると、上の穴からつっこむ子どもの指はドロップになかなか届かなかった。残りのドロップはそこにとけてかたまっていた。…..p.142*1

サクマ式ドロップス@Kyoto, April28, 2018

映像と原作の作り手と、それを読む「私」

映像と原作のあいだのずれをとおして、それらの作品が、作家やクリエーターのそれぞれの想いや思惑のもとで創られていることや、それらにふれる「私」もまたそれぞれに生きてきた時間のなかで、思いおもいの読み方をしているなあ、ということに気づきます。Mugi

Amelita Galli-Curci & Homer Samuels「Home Sweet HomeTerry Allen「Dogwood

ハナミズキ(Dogwood)@Kyoto, April17,2018

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