Blog: 高田渡さんと人と時間の不思議なつながり, May8, 2021

撮影高田渡・文高田蓮、リットー・ミュージック、2021.04.16

高田渡の視線の先に:写真擬1972-1979

高田渡の写真集が命日の4月16日に出版されました。高田渡が撮影した1972年から1979年の写真に、息子の高田漣が文章を添えています。すぐ近所の「ホホホ座」という本屋さんで展示されていた写真を見て、「あれ、渡さんだ」と気づきました。

金沢のおでんやで、高田渡さん

渡さんと出会ったのは1980年代はじめ、わたしは金沢大学の学生でした。道端かどこかで、「昼間から飲めるおでんや」がないかと尋ねられたのではないかと思います。そんな成り行きで、かなり年配のおじさん(実は、当時30歳過ぎ)のお話を、おでんやで、午後の時間中聞くことなりました。わたしは、くどかれたわけではなく、離れて暮らす幼い息子についての話をただただ聞いていたのです。おじさんに真剣に話されると耳を逸らすことができなかった(あるいは、若い娘に真面目に聞かれると話をやめることできなかった)のだと思います。その人はミュージシャンで翌日、金沢でライブをするというので観にゆきました。それが高田渡でした。

高田渡さんとリクオくん

その後、大阪大学の大学院に進学して大阪に住んでいた時に、渡さんから京都でライブをすると連絡をもらいました。当時大学生で「軽音」にのめり込んでいた弟を誘って、観にゆきました。それが弟と渡さんとの出会いでした。その弟リクオがミュージシャンとなり、渡さんとのご縁がつながりました。渡さんが亡くなったときに、リクオが長いブログを書いています(2005年4月16日「高田渡追悼」気まぐれダイヤリー)。Harukana Showの収録日に、たまたたリクオと話す機会があり、「渡さんになんて呼ばれていたの?」と聞くと、「リクオくん」だったそうです。

リクオと高田漣さん、人と時間のつながり

2016年4月、Kyotoでリクオが他のミュージシャンとライブをするというので観にゆきました。その日にセッションしていた一人が高田漣さんでした。あの時、渡さんからお話を聞いた息子さんが、こんなにおじさんになって素敵な音楽をしているんだ。漣さんとリクオが一緒に演奏しているのを見るのも、不思議な感覚でした。

こんなふうに時間がつながり、2021年5月、ラジオで高田渡の曲をかけ、Ryutaさんに「昔・今話」をしているMugikoがいました(HS No.528)。渡さんがお元気だったら、Harukana Showで、おでんやさんの話の続きをすることがあったかなあ、と勝手に想像して、寂しいような、楽しいような気持ちになりました。渡さんにつられて、とっても久しぶりにBlogを書きました。おでん屋もライブもラジオも、人がふれる場がそこにあって、いろいろな人と時間がつながる。今は、そんな場にふれることがなかなか難しい時期だけれど、遠くの時間でまた、いろいろな人と街と出来事がつながるかもしれない、と思います。

Harukana Show No.528の曲入りアーカイブ:2021-05-07-1800.mp3 (55MB) .

お届けした曲、高田渡「夕暮れ」from『渡』■高田漣「ヴァーボン・ストリート・ブルース」from『コーヒーブルースー高田渡を歌う』■高田漣&高橋幸宏「Radio Junk」from 12 notes

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