No.547-3, Sept.17, 2021, 「京うちわなお話」修行編 with 蜂屋うちわ職店

なぜ、どうやって京うちわの職人に?

日本の「うちわ」と「京うちわ」の特徴はわかりました(No.547-2)。それにしても、20歳前のHachiyaさんがさんが、なぜ「京うちわ」に関心をもち、どうやってうちわ職人になったのでしょうか。Hachiyaさんの声とともに、エッセイをお届けします。

Part3, 建築学から転向、山形から京都へ、伝統うちわ店で修行

うちわ職人を志す

建築を勉強していた学生時代の最終年、このまま建築を仕事にしていくのかと、自分のこれからの進路を考え悩んでいました。

「せっかく少なくない時間を建築の勉強に費やしたんだから、ここでそれらをふいにするのはもったいない」という考えがある一方で

「建築は確かに面白いんだけど、ちょっと自分には規模が大きすぎるかもな。ある程度自分で完結させられる物作りがしてみたい」という思いもまたありました。

まぁそういう考えがある時点で、おそらく既に2:8くらいの感じで後者へと心が揺れ動いていたのだとは思いますが。そんなさなかに「京うちわ」なるものの存在を知り、その美しさや繊細さにやけに心惹かれ、これを仕事にしてみるのも面白そうだなと考えるようになりました

決して運命的な出会いをしたわけではなく、ある意味半分以上は偶然とタイミングによって決まった道だと今でも思っています。そこでひとつ、なぜ「京うちわ」なのか?これまでにも多くの人に聞かれてきました。聞かれすぎて最近はいちいち説明するのが面倒になってきていますが…笑

ざっくりとした理由はいくつか挙げられます。ひとつは歴史や伝統、そしてそこに紐付いた物作りの多い京都にもともと興味があり身を置いてみたいと思ったこと。もうひとつは作り手が少なそうな分野でチャレンジしてみたかったこと。そして最後に、歳を重ねたり時代が変化していく中でも人の手の技術として洗練されていく仕事に就きたかったこと、があります。

誰にも真似の出来ない技術を持つおじいとか格好良くないですか?

蜂屋はそんなおじいになりたいのです。笑

閑話休題

というわけで、とりあえず進んでみたい方向は定まりました。しかしどうすればその世界へ飛び込めるのかがわかりません。「京うちわ 職人 求人」とかで調べたりもしたのかな…?そのあたりはよく覚えていませんが、案外古風な考えを持つ蜂屋は「ダメ元で話だけ聞きに行ってみよう。あわよくば仕事できるようになったらいいな」と思い、とりあえず京都へ行ってみようと企てました。

京都アポなし道中記

まわりには京都に遊びに行く体で東北からの夜行バスに乗り京都へ向かい(ちなみに平日、授業はサボりました。笑)、着くや早々に創業400年弱の老舗の京うちわ屋さんへアポなしで伺いました。

店番をされていた方(後にわかったことですが、ご主人さんの奥様でした)に理由を話して作業場へ通してもらい、ご主人さんの正面に正座をして向かい合い事情を説明します。

「東北で学生をしている蜂屋と申します。この仕事へ携わらせていただきたいと思い勝手ながら伺いました。仕事をさせてください。(大意)」

そしてしばらくの沈黙、ご主人さんがうちわの骨を張るパチッパチッという音だけが聞こえていたことを覚えています。やがてご主人さんが口を開きました。

「若い人がこの仕事に興味を持ってくれて、こうして東北から訪ねて来てくれたんは嬉しいことやと思てます。できれば仕事させてあげたいけど今は申し訳ないけど出来ません。

自分がほんの僅か期待していたような返事は貰えず残念に思う気持ちも少なくなかったですが、決して邪険に断わるでもなく、飛び込みの学生相手にも丁寧に対応していただけたことがありがたいとも感じました。

続きます。

老舗のうちわ屋さんでは残念ながら良い返事を貰えなかった蜂屋は次の日、もう1軒だけある京うちわを専門としている店へやはりアポなしで伺いました。

こちらでも幸い同様に話をさせていただいたところ、ありがたいことに「そういうことなら次の春からうちでやってみますか?」ということを言っていただきました。

建築学科を卒業、そして京都でうちわ職人の道へ

「ぜひお願いします!」という返事をして東北へ戻り、授業をサボって京都へ遊びに行ってただけだと思っていた周りの人たちに「京都で就職先見つけてきた。うちわ職人になるので建築は続けません」といきなり報告して驚かせたという経緯があります。自慢ではないのですが建築を提案・設計するという成績だけはずっと1番で他の人よりも頑張ってた自負もあるので、それもあって余計に驚かれたのだと思います。

建築学科は卒業するにあたり卒業設計という課題があるのですが、自分なりにけじめを付けるため「絶対1番を取ってから建築を離れる!」と思って取り組み、無事に最優秀をもらってから卒業し(単位はギリギリ…!)、京都に引っ越す運びとなりました。ちなみに案の定ですが両親ともだいぶ揉め、頑固な蜂屋は当時「もう帰らない!」くらいの気持ちでひとり諸々の手続きを済ませ京都に移り住みました。笑

ここから少し駆け足で説明すると、こちらのうちわ屋さんでは2年ほど仕事をさせていただいた期間の中で、京うちわの制作工程や使う材料・その加工方法など基本的な多くのことを教えていただきました。何も知らない自分に京うちわの世界へ踏み込む機会を与えてくださったことを今でもありがたく思っています。

そして勤めて2年ほど経った時、少しずつ感じ始めていた「手を加えることにもう一歩踏み込んだうちわ作りをしてみたい」という思いを正直に伝えて思い切って退職し、いちばん最初に仕事をしたいと伺った老舗うちわ屋さんへもう一度伺いました。

「2年ほど前にお邪魔した蜂屋です。あの後に縁あって〇〇さんでうちわの仕事に就き、基本的なことを教えていただきました。その中でもう一歩踏み込んでうちわを作りたいと感じたので改めて伺いました。なので仕事させてください。(大意)」

やってることは以前と根本的に変わっていないです…笑

しかしその時は幸いにも「それならこういう仕事をやってみますか?」という返事をいただき、そこから4年ほど仕事を学ばせていただきました。その後独立のため退職し、2019年4月に「蜂屋うちわ職店」を開いて現在に至るという流れになります。(これでもだいぶ端折りましたが…)

このテキストを書きながら当時のことを久しぶりに思い出して懐かしくなると同時に、昔の自分の勢いと行動力に少し呆れています。

修行してわかったこと

現代ではウェブ上で多くの情報が手に入るようになり、大抵の自分が欲しい情報を調べることができるようになりました。京うちわについても大まかな工法は調べたらわかりますし、YouTubeでは動画で作り方を見ることができます。

ですがそれだけではもちろん十分ではありません。多くのものに言えることだと思いますが、本当に大事なのはそこから1歩も2歩も踏み込んだ情報や経験になります。蜂屋のやっている京うちわについて、最も大切な材料である竹を例にあげて簡単に説明してみます。

日本に生えている竹にも多くの種類があるのですが、うちわや他の竹工芸には「真竹」という種類の竹が適していることはウェブで調べたら容易にわかります。ではそこから1歩踏み込んで、真竹のどの部分を使うのか?生えてから何年目のものが適しているのか?どのような場所に生えている真竹が良い質なのか?竹を揉んだ時に手から伝わる感触で判断する質の良し悪しはどうか? ect…例を挙げたらキリがありません。

これらはほんの一例で、和紙などの他の材料や使う道具とそれらの調達方法、作業におけるちょっとした小技など様々な知識や経験が必要になりますが、これらのことを独学で習得することにもおそらく限界があります。というか、はっきり言って不可能に近いと思っています。

「修行」と聞くと忍耐や根性論・歯を食いしばって頑張るようなイメージを浮かべる人もいるかとは思いますが(今時いるのかな…?)、少なくとも蜂屋は歯を食いしばった記憶はありません。

むしろ自分の知りたい情報や経験したい作業などを最も効率よく学べる機会だと思っています。専門職の知識やノウハウ、半端じゃありません!

職種や業界はなんであれ何かしら自分の進みたい道を考えている方へ、ショートカットとして捉える「修行」、個人的にはおすすめします。Hachiya

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