No.554-2,Nov.5, 2021, 時間と場所をこえて記録をつなぐプロジェクト第2話・Illinois&Nagano with D. Plath & 柳沢健&朝日美術館

時間と場所をこえて記録をつなぐプロジェクト・イリノイ&長野編 第2話

第1話の詳細は、No.553-2をご覧ください。第2話は、3部構成です。Part1では、先週のトークをふりかえり、Plathさんと柳沢健さんと「白馬三山」をもう一度紹介します。Part2には、Plathさんへの10年前のインタビューの一部を再録しました。Plathさんのお話をとおして、戦後の日米関係の背景をかいまみることができます。Part3で、1965年にアメリカに渡った柳沢健さんの絵が、2021年に地元にどのように届けられたのかについて話していきます。

Part1, 先週までのお話、Plathさんの松本市でのフィールドワーク

Plathさんからの依頼-2021年1月

2021年1月23日、Mugikoは、Savoy(Champaign County)在住のDavid W. Plathさん(1930年生まれ、イリノイ大学名誉教授、東アジア研究、映像人類学)から、長いメールを受け取りました。要約すると、「松本市の画家、柳沢健さんの油絵『白馬三山』と関連する資料を寄贈したい。地元の美術館に日本語で連絡をとってもらえないか」。

「白馬三山」と柳沢健さんとのことー1965年

Plathさんは、1959年から60年にかけて長野県松本市でフィールドワークを実施し、’The after hours‘ (University of California Press, 1964)にまとめました。この本のイラストを担当したのが、松本市在住の柳沢健(Yanagisawa Takeshi)さん。1965年、Plathさんが来日し、柳沢健さん宅を訪問した時に、健さんからプレゼントされたのが油絵「白馬三山と水彩画「伊豆三津浜」でした。Plathさんは、「白馬三山」をずっと自宅に飾っていたそうです。

文化人類学者としての原点となった日本でのフィールドワークの記録を地元にお返ししたい。90歳になられたPlathさんからの相談を受けて、Harukana Showでは、ゲストとして出演された画家の植村友哉さんに協力をお願いし、柳沢健さんが所属されている春陽会の東北新研究会と連絡をとりました。健さんは94歳のご高齢で電話ではお話しできませんでしたが、息子の柳沢一実さんと連絡をとりあうことができるようになりました。こうして、半世紀の時間と場所をこえて記録をつなぐプロジェクトが始まりました。(HS No.553-2)

Part2, 2011年のD. Plathさんインタビュー、Year in Japanの始まり

戦後の日米交流、イリノイ大学と甲南大学の交換留学

Plathさんは、1960年代以降も、日本での調査研究を精力的にすすめ、イリノイ大学と日本との交換留学制度(1976-)の設立にもたずさわりました。2011年8月12日放送した第20回Harukana Showでは、 PlathさんをWRFUスタジオに招き、日米交流のお話伺いました(Harukana Show Old-site:No.20-2 August12, 2011, Year in Japan(YIJ)の始まり, with Prof. David Plath)。Part2は、その時のインタビューの音源の一部です。内容を、かいつまんで日本語に要約します。

甲南大学から交換留学制度の相談-1969

1969年、甲南大学(Kobe)の増田幸吉先生から交換留学についての相談を受けました。当時、イリノイ大学では、ヨーロッパやラテンアメリカとへの留学制度はありましたが、アジアとの制度はありませんでした。イリノイ大学には、Plathさんをはじめ、軍をとおして日本と関わり、戦後、教育をとおして日米の友好関係を築きたいという思いをいだく研究者が何人もいました。

日米の政治・経済的関係、アメリカからの日本への関心-1960s

当時のイリノイ大学の教養学部長(Dean of the College of Liberal Arts and Sciences) のRobert W.Rogerもその一人でした。彼は、1945年9月に船上で、日本が降伏文書に調印する、マッカーサーがいるあの写真にも、海軍士官の一人としてうつっています。日米の関係の歴史は長く、複雑ですが、日本と関わったアメリカ人の多くは、日本へ親しみや日本の伝統文化への関心をいだいてきました。こうした人々の後おしもあって、日米間の交換留学制度がつくられていきました。

中央志向ではなく、地方をグローバルにつなぐ交換留学制度開始-1976年

ニクソンショックの影響を受けて開始が遅れましたが、1976年になんとか留学制度を実施することができました。TokyoやKyotoの有名大学ではなく、その他の地方の私立大学との交換留学制度は、アメリカの他の大学ともネットワークをつくりながら、今日まで展開してきました。アメリカの学生たちの日本やアジアへの関心は、伝統文化や武道から、さらにSonyなどの技術革新やアニメやゲームなどのポップカルチャーへと広がっていきました。また学生だけでなく、研究者間の交流もすすみました。(2012年8月12日収録、抄訳-Mugi)

戦後の日本の復興と暮らしを参与観察するPlathさんへの視線

先週のHSで紹介した柳沢健さんの画集『心の風景画』(2009)にも、「…昭和20年には、米軍機B29が、松本の上空から我が家の家のすぐ近くに爆弾を落とした年であり、戦況は益々厳しくなった。1年繰り下げの徴兵検査を受けて、この年の5月に召集され、3ヶ月の軍隊生活で終戦となった。家へ帰った時には心身共に疲れていた」(p.119)という文章がありました。

Plathさんの日本での立場やフィールドワークの実施も、日米間の歴史的、政治的関係のなかで研究がすすめられました。1959年に有明村の医師宅の2階を間借りしたPlathさんと家族を、地域の人々はどのようにみていたのだろう。戦後20年、柳沢さんは、Plathさんの著書の内容をどのように受けとり、挿絵を描いたのだろう。Plathさんと同じ時代を生きた柳沢健さんにも、お話をうかがいたかったです。

Part3, 朝日美術館と柳沢健さんとのつながり、Plathさんの調査記録の受け取り

朝日美術館と歴史民俗資料館

2021年の話に戻ります。Plathさんが連絡をとりたいと希望された松本市の美術館は、丁寧に迅速に対応していただきましたが、残念ながら寄贈を受け入れてはもらえませんでした。プロジェクトが終わるかと思った時に、3月中旬、今度は、柳沢一実さんからMugikoにお電話をいただきました。「父、柳沢健が、かつて展示会をした美術館がある。そこに連絡をとってみてはどうか」。それが、朝日村(長野県東筑摩郡朝日村大字古見1308)にある「朝日美術館」(1992年設立)でした。美術館とともに歴史民俗資料館と併設されており、柳沢健さんの絵画にとっても、Plathさんが60年前に収集された地域の資料を保存するうえでも理想的な施設です。

2021年3月、朝日美術館へのアプローチ

Mugikoはすぐに朝日美術館に電話をかけ、学芸員の丸山真由美さんと話し、Plathさんが提供したい絵画と資料リストと写真をメールでお送りしました。

「当館は美術館と歴史民俗資料館が併設されておりますので、Plath教授の資料は美術と郷土の歴史、両方の側面から活用できると思います。 2009年に当館で『柳沢健展』を開催して以来、柳沢先生の作品3点を収蔵していることもあり、柳沢先生とは現在もつながりを持っています。プラース教授の著書の挿絵を担当したことを初めてお聞きし、新たな研究ができそうです。」(2021年3月26日、丸山真由美)

丸山さんは、さっそくD. W. プラース『日本人の生き方:現代における成熟のドラマ』(井上俊・杉野目康子訳、岩波書店、1985)を入手して読んでみますと、前向きな対応でした。松本市の柳沢一実さんにはお電話で、アメリカのプラースさんにはメールですぐに報告しました。

Plathさんの朝日村の思い出-1959-1961

Plathさんから朝日村へ寄贈を望むメールがすぐに届きました。

Ahhh, Mugiko-San, atarimashita. Asahi-Mura Bijitsukan would be an ideal location. It is a few miles South of what in 1959 when I was living there was Ariake-Mura along the Eastern foothills of the Alps…..(D. Plath, March26, 2021)

朝日村は、Plathさんが1959年から60年にかけて住んでいた有明村から数マイルの近い距離にありました。「調査協力者がたしか朝日村に親戚がいて自転車を借りて、私ものせて家まで送ってくれたことがありました」といった内容の思い出が、Plathさんからのメールには記されていました。

こうして、4月には、朝日美術館がPlath先生からの寄贈を、「資料」として受け入れるというお話をすすめることができました。

2021年6月、コロナ下で「京うちわ」をイリノイへ送る

ところが、コロナ下で人の移動だけでなく、物を輸送することが難しい。Plathさんもシカゴの日本領事館に相談するなどしましたが、なかなか送る方法がきまりません。6月になって、ようやく日本からアメリカへのEMS(国際スピード郵便)の書留の扱いが再開しました。そこで、Mugikoは、Plathさんに蜂屋うちわ職店の「京うちわ」(「京うちわなお話」 No.547-2, 547-3, 548-2)をEMSで送ってみました。1ヶ月ほどかかりましたが、Kyotoからの小包がSavoyに無事に届きました。

2021年6月、柳沢健さんご逝去

6月末に、実は、柳沢健さんが亡くなられました。その日、息子の一実さんからお電話をいただきました。Plathさんにもメールでお伝えしました。辛い知らせの後に、この「京うちわ」は、Plathさんの手元に届きました。「京うちわ」は、Plathさんが1952年に初めて京都を訪問したときのことを思い出させました。

Plathさんの京都訪問の思い出(1952)、世界の多様性にふれる

「1952年12月にアメリカ海軍の船で横須賀に到着しました。東京に立ち寄り、西銀座に数時間歩きましたが、道でも店ないでも軍服を着たアメリカ兵、GIばかりがいて、日本に来たという実感はりませんでした。船は神戸に移動しました。そこで1日、京都観光に参加しました。寺院や神社の境内を歩き、版画や西陣織などもみたりしました。自分が育ったイリノイ州のちいさな町とは何と違うことだろう。世界は、自分が想像していたよりずっと多様だ。そんな世界の一部の日本についてもっと学びたいという強いおもいがわいてきました。この京うちわは、その時の気持ちを思い出させてくれました」D. Path, July5, 2021メールの抄訳

2021年10月、アメリカからの寄贈品が朝日美術館に全て届く

Plathさんからは、柳沢健さん絵画と資料を3回に分けて日本へ送ってもらいました。また、Plathさんの松本市でのフィールドワークで収集された様々な資料(Plathさん曰く、Ephemera)を4つめの小包が10月に日本へ届きました。

Plathさんから依頼を受けてから10ヶ月、柳沢健さんの「白馬三山」も山の麓に美術館に収められることになりました。柳沢一実さんにも電話で知らせました。「すぐに朝日美術館に見にゆきます」とおっしゃっていました。

そして、丸山真由美さんにHarukana Showで、Plathさんと柳沢健さんとの物語と朝日美術館を紹介するのでメッセージをくださいとお願いしました。10月23日、朝日美術館からこんな素敵な文章が届きました。Ryutaさんが英語の翻訳し、番組では、Tomさんが英語で読んでくれました。

朝日美術館の学芸員、丸山真由美さんからのメッセージ

「朝日村は鉢盛山を背にして広がる自然豊かな農村です。レタスが特産で、朝日美術館から見える風景にもレタス畑が広がっています。今は収穫を終え、庭の木々も少しずつ色づいてきました。

 とてもさわやかな秋晴れの季節に、海を越えて、美術館に届いた絵画があります。柳澤健さんの油絵と水彩画です。どちらも半世紀以上前にアメリカに渡りました。まだ朝日美術館もなく、私自身生まれてもいない頃の絵が、ある日突然全く面識のない人から届くなんて、まるで時空を超えてやってきたかのようで、とても不思議な感覚でした。

 柳澤さんは2009年に当館で展覧会を開催してくださり、古くから地元美術にも詳しい方でしたので、その後も何かと教えていただくことが多く、穏やかな人柄も含めて、いつも頼りにしていた人物でした。柳澤さんは地元の田園風景をよく描いておられまして、その素朴で温かみのある絵は、見ていると気持ちがホッと安らぎました。

 このたび送られてきた初めて目にする絵は、素朴ではありますが、力強さを感じます。戦後復興期の日本人の暮らしを観察するため、異国の地で精力的にフィールドワークに励むプラース先生と出会い、その情熱に柳澤さんも感化されたのではないかな、と想像しました。そんな二人はとても良い関係だったのだろうと思います。それを証明できる絵と写真が当館に舞い込んでくるなんて、光栄というほかありません。

プラース先生、大切な思い出を私たちに託してくださり、本当にありがとうございます。そして、プラース先生と私たちをつないでくださった麦子さんに、心より感謝申し上げます。

朝日美術館 学芸員 丸山真由美

Asahi-mura (the Village of Asahi) is a verdant agricultural community overlooked by Mt. Hachimori. The village’s signature product is lettuce, and we see patches of lettuce fields all around our Asahi Museum. Now the last harvest for the season in the fields is done, and the trees in our garden have begun wearing autumn colors.

As we entered the season when the air is clear and crisp, we received two pieces of paintings sent to us from across the ocean at the museum – an oil and a watercolor by Yanagisawa Takeshi. Both had crossed the Pacific to the United States more than half a century ago, long before I was born, or the Asahi Museum was built. Receiving them from the donor I have never met in person felt like opening a gift that had traveled to us through time.

Mr. Yanagisawa had been a familiar face to us. He had held an exhibition of his paintings with us in 2009, and as he was well versed in the local art scene, we asked for his help many times since. He was a gentle, knowledgeable man. His paintings often featured local, rural landscapes. His simple but warm-hearted brushstrokes always gave me a peace of mind.

Our new acquisitions – the two paintings – are also unpretentious pieces, but they are powerful at the same time. I can almost see Mr. Yanagisawa painting those inspired by his meeting with Dr. Plath, who himself, I imagine, was passionately undertaking his field research in Japan, bustling with energy, pursuing economic development.

I also cannot help but imagine that the two had had a wonderful friendship. We are more than honored to receive the paintings – along with photographs – that are the tokens of their bond. We would like to thank Dr. Plath for trusting with us such important pieces of his memory. We also would like to extend our gratitude to Mugiko-san, who has put us in touch with Dr. Plath.

Mayumi Maruyama, Curator, Asahi Museum (translated by Ryuta)

朝日美術館の丸山真由美さん、心のこもったメッセージをありがとうございます。柳沢健さんに朝日美術館に「白馬三山」が到着したことをお伝えできなかったのは残念です。でも、健さんが、コロナ下でアメリカから日本への荷物が届くように見守ってくださったのではないかと思います。

Plathさんが大切なフィールドワークの記録と繋がりついて相談してくださったおかげで、Harukana Showをとおしても、さまざまなつながりができました。植村友哉さん、東北新研究会事務局の方々、柳沢健さん、柳沢一実さん、松本市の美術館、朝日美術、丸山真由美さん、Wataruさん、Ryutaさん、Tsujinoさん、Tomさん、ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。-Mugiko

■沢田研二「コバルトの季節の中で」(1976) ■上條恒彦(朝日村出身)「秋」

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