在宅(介護)ラジオと「猿飛佐助」Nov.3, 2013

父の死

Harukana Showへの出演、初めて休みしました。10月28日に父西川長夫が亡くなりました。きれいに晴れた秋の日の夕方でした。近親者のみの密葬を自宅で行いました。

父は、昨年の11月に胆管がんとの診断を受けた後、2度、緊急入院をしましたが、本人の希望により自宅療養を続けました。学者だった父は、最期も、本に囲まれたベッドで静かに息を引き取りました。

Nov.28, 2013@Kyoto

Nov.28, 2013@Kyoto

在宅看護

私は、介護人である母をケアーしながら父をめぐる時間をみてきました。1日が、病人を軸にまわります。周囲は、つねに病人の呼吸や気配を意識する緊張の毎日でしたが、お見舞いの方々が途切れない、にぎやかな1年でもありました。

そんななかで、医療や介護や福祉のプロの訪問は、心強く、人の心に届く言葉や対応にいつも救われました。ケアーマネージャー、在宅ホスピス緩和クリニックの医師、看護師チーム、リハビリ支援を含む訪問介護チーム、薬剤師、介護福祉関連の業者、等々、見事な分業と連携でした。訪問看護は、病気を診るだけでなく、刻々と変化する事態にあわせて病人が居る環境を支えることなのだと知りました。

プロとの契約とマネージメント

死ぬまでどうやって生きるかは、こうしたプロたちとの契約、コラボレーションを、誰が、どのようにマネージメントするのか、という問題だと思います。人生の終わりを自分で運営することが容易ではないなら、誰が「人(私)」の死に携わるのだろう。「家族」だと言う人は、妻がいる男性か、娘がいる親なのだろうか。いずれにせよ、特定の介護人が全てを抱えることは無理です。じゃあ、どんな選択肢があるのかなあ。父が遺してくれた課題です。

在宅ラジオの時間

父の療養が始まってからはとくに、Harukana Showへの参加は、私にとっては、自分が居る場所から、家事や仕事とは別の世界にふれる貴重な時間となりました。

先週のように機材担当のTomさんが体調を崩して出演できなかったり、今週のようにホストのMugikoが参加しなかったり、いろいろなことが起きます。そんな時、Ryutaさんが「Harukana Show、2週続きのイレギュラーでして〜」とリスナーに話しかけながら、番組をひっぱってくれる。Mikeさんが日本語で一生懸命、Ryutaさんと対話してくれる。Tomさんが今週は復帰して、いつものように時々あくびしながら、ミキシングをしてくれる。来週は、Ryutaさんがぐったりとしているかもしれないけれど、Mugikoが番組に復活して、ラジオで日本の葬儀について話しているかもしれない。Tamakiさんが、お鍋の話をしているかもしれない。日常のなかにこうした時間、関係があることは、しみじみと有り難いことです。

「猿飛佐助」の入浴介助

毎週番組があると、目には見えないリスナーに向かって自分の日常を思い返し、心のなかで、一人おしゃべりをしていたりします。

父は、自宅のお風呂に入ることにこだわっていましたが、いよいよ歩けなくなりました。亡くなる5日前、初めて、バスタブが家へ運び込まれベッドの部屋のなかで介護ヘルパーたちに入浴させてもらいました。その日の夜、仕事から戻ってきた私に、父はこう言いました。「とにかくすごかった。猿飛佐助のような人たちがやってきた」。私の勝手な想像では、その忍者たちは、相手の力の抜き方を心得ていて父は雲にのったように抵抗できないまま、入浴させてもらったのだろうなあ。

私は、その入浴サポートチームのお仕事を見ることを楽しみにしていたのですが、忍者たちに会えず残念です。

日常の風景と社会

私は、ラジオでそんな話をつらつらとしていきたい。出演者の日常のなかにある風景をとおして、その人の言葉を聞いてみたい。そのなかに介護や家族や社会のさまざまな問題をおしゃべりできたらいいなと思います。そんなトークがラジオやPodcastをとおして、イリノイや日本や世界の知らない人に届くとは、不思議な時代です。

葬儀のプロたちが自宅書庫を本と花のある舞台作り Nov.29-30, 2013

葬儀のプロたちが、自宅書庫を本と花のある舞台に演出 Nov.29-30, 2013

*織田作之助(1945)「猿飛佐助」(ちくま日本文学全集『織田作之助(1913-1947)』筑摩書房、1993、199~ 275頁)

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