No.168, June13, 2014 江戸のうなぎのお話with Akira-san

U-Cは快適な晴れ

今日のUrbana-Champaingは、すっきりした晴れ、番組準備中のトムさんが、スタジオのなかから外をみても陽射しがきれい、と言っていました。京都は梅雨といっても、雨の日も、晴れの日も、まだ、暑すぎず。

一緒に、食べたこと、その場所の記憶

先日、14年前に大学を卒業したゼミの元学生さんたちに会いました。皆さん30歳代半ば、今まさに子育て、家族して、仕事して、ハードな毎日。それにしても、よく話すこと(3時間「飲み放題」の時間がすぎても気にせず)。何を勉強したか、よりも、生協の学食のメニューについてよく覚えていました。「よくカレーくったなあ」、「あのおばちゃん、ご飯大盛りにしてくれた」とか、「天津飯、美味しかった」とか。一緒に食べたことやその場所の記憶って大事なものだなあ、と思いました。また会えて、うれしかった。

St. Louisから食のお話

きょうは、そんな食の話を、Food HistorianのAkiraさんをお迎えして生トーク。テーマは、「江戸のうなぎ」。少しタイムスリップして、知らない世界へ、わくわくした1時間でした。

Podcastは全後半、2部構成

HS Podcast No.168-1, June13, 2014:同窓会&U-Cイベント情報

HS Podcast No.168-2, June13, 2014:「江戸のうなぎ」with Akira-san

OUTSIDE AT THE RESEARCH PARK: DAVINA AND THE VAGABONDS WITH OPENING ACT UPSHOT 6月13日(金) 6:30pm- UIUC Research Park (1816 SOUTH OAK STREET CHAMPAIGN)

ワールドカップ中継!@Illini Union Courtyard Cafe, ワールドカップの開催中、7月13日の決勝戦まで、イリノイ大学でワールドカップの試合を大スクリーンで見ることができます。

 Food HistorianのAkiraさんと江戸の町へ

先月、Akiraさんには、Harukana Showでアメリカの都市部で流行っているRamenについてお話をいただきました(HS Podcast No.165)。今日は、St. LouisからRyuta-sanとともに、ライブ・トーク。

ニホンウナギ絶命危惧種に

なぜ、うなぎのお話なのか。国際自然保護連合(IUCN)がニホンウナギを「絶滅危惧種」と判定したという新聞記事を読みました(たとえば、東京新聞2014年6月13日朝刊)。「世界のウナギの7割は日本人の胃袋に収まっている」そうです(朝日新聞6月13 日)。日本人は、いつ頃からウナギを食べていたのだろう?江戸の町にウナギの蒲焼きはあったのだろうか?そこで、Food HistorianのAkiraさんにいろいろお話を伺いました。

Akiraさんのご専門は、江戸時代の特産物についてです。当時、どのように「特産物」が生まれ、その地位が守られていたのかを、問屋や市場など流通に着目し、「江戸の街」の庶民の生活から描きだす研究をされています。

Akira-san

Akira-san

万葉集に「薬食い」

日本では、古くは『万葉集』に痩せた友人に鰻(むなぎ)を食べろとすすめる大伴家持の歌があるそうです。いわゆる「薬食い」(くすりぐい、滋養供給になる食べ物)。ちなみに、土用の丑の日にウナギを食べるのは、もともとは、夏バテ防止のためではなく、平賀源内(1728~1780)が、友人のうなぎやから夏は客が来ないと相談を受け、その対策として、土用の「丑」の日に「う」がつくものを食べると精がつく、と売り出したことから始った、という説があります。

水路を整備し江戸の町にウナギが棲息

江戸時代には、徳川家康が水路を整備し町づくりをすすめるなかで江戸の城下町にウナギが住みつくようになりました。江戸時代の風俗書にも記載され、労働者の食べ物であったようです。ぶつ切りにして串に刺して焼く、それが、植物の蒲の穂と似ているので、「蒲焼き」と呼ばれるようになりました。

酢、味噌味!「砂糖」「醤油」たれは贅沢

しかし、「醤油」や「砂糖」は貴重で、入手しやすくなったのは江戸時代の終わり、18世紀の中頃からです。もともとは、酢や味噌で味付けをしていました。今、私たちが想像する甘めの香ばしい醤油たれの蒲焼きは庶民には少し高級な食でした。Akiraさんが資料を調べてみたところ、1810年代に、ウナギの串焼き1本16文(もん)、現在の320円ほど、当時卵1個が400円、そしてウナギの醤油ダレの蒲焼きは、4000円ほどでした。

うな丼〜ウナギを暖かいままに

それでも江戸の町には多数のウナギ屋がありました。「江戸前大蒲焼番附」嘉永5年(1852年)には、221軒のウナギ屋が掲載されています。ところで、「うな丼」は、文化年代(1804〜1818)に江戸の堺町(現在の東京メトロ日比谷線人形町あたり)の芝居小屋の金主(きんしゅ)がウナギ蒲焼きが大好き、小屋でも売っていましたが、すぐに冷えないように暖かいご飯にのせて売り出したところ好評で、うな丼が広まったそうです。

江戸の女子たちもウナギを食べていたのか?というMugikoからの問いに、いや〜江戸の食について書いているのが男性ばかり。武家の女性以外に、庶民の女性たちが残した資料が少なく、ウナギと女性の関係はよくわかりません、とのことでした。(まとめby Mugi)

『大草原の小さな家』のメープル・シロップ

日本でも砂糖が庶民が購入できるようになったのは、明治、大正になってからで、と話をしていたときに、Ryutaさんが、「そういえば、『大草原の小さな家』(アメリカの開拓時代を舞台にしたテレビドラマ、原作はローラ・インガルス・ワイルダーの小説)でも、お店売りの砂糖は大変貴重で、そのかわりに自家産のメープル・シロップを使ってました」、とコメントしてくれました。ウナギの話から、ふわっとアメリカの草原へ舞台がとんで面白かったです(『大きな森の小さな家ーインガルス一家の物語<1>』)

St. LouisからAkiraさん、ありがとうございました!

■  へきれき「R食堂」■ ポルノグラフィティ「Mugen」■  THE BOOM「島唄」(オリジナル・ヴァージョン)

夜中のヤモリ@Mugiko house, June9, 2014

夜中のヤモリ@Mugiko house, June9, 2014

 

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