No.225, July17, 2015 En-Zineトーク(4)スコットランド、グラスゴーでファンジンの世界に出会うwith Ogasawara-san

送信機を借りて放送再開

WRFU104.5FMの送信機が故障しご迷惑をおかけしています。今週は、Peroiaの別のラジオ局からtransmitterをお借りして、出力を1oowから40-50wに落としてWRFUからのラジオ放送再開しています。本日のHarukana Showには、UrbanaのスタジオからはTamakiさん、St. LouisからはRyutaさん、KyotoからはMugikoが生放送のトークに参加しました。

UrbanaもSt. Louisも蒸し暑く、スタジオのTomさんはぐったり。関西は大型の台風11号が通過。それでもKyotoでは17日、祇園祭りのハイライト、山鉾巡行が行われました。

祇園祭りの夜with 台風@Kyoto, July16, 2015(人がまばらな歩行者天国)

祇園祭りの夜with 台風@Kyoto, July16, 2015(人がまばらな歩行者天国)

Podcastは、トークたっぷり3部構成

後半のトークはKobeのOgasawaraさんからいただいた原稿をもとに、スコットランド、グラスゴーでのサッカーのファンジンについて、Tateishiさんとトークしています。

HS Podcast No.225-1, July17, 2015:ローカル情報(ベーグル・フェス!?など)

HS Podcast No.225-2, July17, 2015:グラスゴーのフットボール、ファンジンの世界

HS Podcast No.225-3, July17, 2015:Ogasawaさんからの原稿へのコメント

台風一過、ブラックベリーの収穫+ミョウガ@Mugiko House, July18, 2015

台風一過、ブラックベリーの収穫+ミョウガ@Mugiko House, July18, 2015

ローカルイベント情報

Matton Beagle Fest@Matton:7/14(火)-18(土): Mattoonってどこ?何故にベーグル?PodcastのなかでTamakiさんが説明しています。実はここには、世界最大のベーグル会社があり、このお祭りのスポンサーにもなっています。

PechaKucha Night@ Krannert Center for Performing Arts: 7/18(土) 8:20pm- (Doors open 7:45pm)

Champaign County Fair@Champaign County Fairground (1302 N. Coler Ave., Urbana): 7/24(金)-8/1(土)

The Fifth Annual Manga Mini-Con @Lewis Auditorium, Urbana Free Library:7/24(金), 5:30 pm-7.30 pm, Do you enjoy reading manga?  Have we got a list for you!  Manga at The UFL.

En-Zineトーク4 Ogasawara-sanの場合

読み手&時々ライターの立場から

2015年6月にOsakaで開催されたカルチュラル・タイフーンで行われた座談会、En-Zine(縁Zine):「反時代的対話醸成装置」の収録をお届けするシリーズ4回め。En-Zine企画者のOgasawaraさんが、スコットランドのフットボールのファンジンの世界を通してZineについて語り、分析します。

Ogasawara-san, 帽子と白いシャツがとってもお似合い(写真はすべてOgasawaraさん提供)

Ogasawara-san, 帽子と白いシャツがとってもお似合いです(写真はOgasawaraさん提供)

これまで3回のEn-Zineトーク*は、作り手の立場からの話でした。今回は、膨大なZineの厚い記述をとおしてスコットランドのフットボールと地域の歴史と記憶に触れるOgasawaraさんのZineをめぐる旅のお話です。OgasawaraさんからHarukana Showにお送りいただいた原稿は、そのまま下記に掲載します。今日の放送では、Tateishiさんがこの原稿を読みながら、(サッカーをよく知らないMugikoにも分かるように)解説し、アメリカからTamakiさん、Ryutaさんも感想を述べています。

*1. Tateishi-san:「ZINEな生き方」Podcast No.222、2.Mugiko:「途中を形にして共有する」Podcast No.223, 3.Sabu-san「もう一つの生き方、やり方」Podcast No.224

Ogasawaraさんの原稿

スコットランド、グラスゴーでファンジンの世界に出会う

Zineが始めにあったわけではなかったんです。1990年代の後半、スコットランドのグラスゴーに住んでいました。セルティックというサッカークラブのファンダムの独特の語りに触れるために、どういう入り口がいいかなといろんなルートを探していたときに、一番とっつきやすい材料だったというだけのことなんです。試合前のスタジアムの周りや街なかのパブで売っているし、ミッチェル図書館というそれはそれは素晴らしい市立図書館があって、そこではかなりマイナーなものまで多くのファンジンのバックナンバーが保管してあるんです。サッカーにかぎらず、グラスゴーの事を調べようと思ったらお世話にならない人はいないんじゃないかな。というより、あの図書館抜きでグラスゴーのことはわかりません、無しですごすのはもぐりです。リサーチを始めた当初は直接人に話を聞いたり出かけて行って観察するのもまだおぼつかない、というか、手探りで好奇心ばかりが先走っていることを自覚していたので、ファンジンを読んでその世界を知って、セルティック・ファンダムの語りが伝達されたり蓄積される、とても創造的なファンダムの1ジャンルを集中的に経験出来たのはとても大きなことでした。

Ogasawaraさん収集のファンジン(すみません、写真、Harukana Showのフライヤーも混じってます)@Cultural Typhoon, June14, 2015, by Tateishi

Ogasawaraさん収集のファンジン(Harukana Showのフライヤーも混じってます)@Cultural Typhoon, June14, 2015, by Tateishi

ファンジンの3分類:「歴史探究型」「オルタナティブ情報発信型」「政治煽動型」

セルティック側はNot The View, The Celts, Once A Tim, The Bhoyzone,Tiocfaidhレンジャーズ側はFollow Follow, The Rangers Historian, Number 1, The Blues Brothersこれらを一口にファンジンと言っても、だいたい3つぐらいに分類できるんです。一つは、ローカルな歴史を超マニアックなファンが一つ一つ掘り起こしていく「歴史探究型」。次にクラブの公式な見解にいつも楯突いて、皮肉と嫌味とユーモアたっぷりの「オルタナティヴ情報発信型」。最後に、これはグラスゴーのサッカー文化にとても特徴的なことですが、政治色を前面に出してセクト主義的色彩を憚らない「政治扇動型」。セクト主義というのは、カトリックとプロテスタント、またはアイルランド系とスコットランド人(実はもともとスコットランドから北アイルランドに入植や移住をして、さらに数世代後にスコットランドに再移住してきたプロテスタント系の人たち)との対立をさして言う現象ですが、それが片やセルティック、片やレンジャーズという二つの大きなクラブを舞台にひどい時には激しい試合の後で殺人が起きたり、多数派のレンジャーズ側はスコットランド人の傲慢さと、少数派のセルティック側はアイルランド系の犠牲者根性と言うんですかね、そういうものが入り混じって、とてもピリピリとした敵対的な空気が街を覆うこともしばしばあった、まだそういう時代でした。セルティックのファンはIRAの歌を歌ってアイルランド国旗を掲げたり、一方でレンジャーズのファンは露骨なカトリック差別を口にしたり歌を歌ったり。

パブにも所狭しとSELTIC@Glasgow, Scotland

パブにも所狭しとCELTIC@Glasgow, Scotland

緻密なローカル史、アイロニーに満ちたユーモア

 そんな中でも、先ほど分類した1と2のタイプはどちらの側にもあって、実に見事に緻密なローカル史やアイロニーに満ちたユーモアを見せてくれる。もちろん専門の歴史家でもないしジャーナリストでもない人たちが書き手なわけで、それでもずいぶん水準は高いですが、だからこそ選手と観客、もしくはファンとの間に高度に分業化された埋めがたい溝が存在してしまっている中で、「セルティックのサッカーについて語り書くこと、またセルティックのサッカーについて他人が書いたり語ったりしたことについて語ること」が、見事に一つの文化として成り立っている、そういう環境でした。

腕にはももちろん、CELTIC@Glasgow, Scotland

腕にはももちろん、CELTIC@Glasgow, Scotland

草の根のサッカー言説とZine文化

 サッカー産業における分業という観点からすると、プロ選手とアマチュアの違いということだけではなく、専門家としてのサッカー・ジャーナリストと、より草の根のサッカー言説の生産者という違いもあります。言うまでもなくファンジンは後者です。それは、クラブの周辺に作られてきた文化とその歴史を語ることがマス・メディアやクラブの公式のPR部門、またはゴーストライターも含む伝記作家に独占された営みではないということをけっこう声高に主張します。ヨーロッパではスコットランドに限らず、特にイギリス全体を中心に、専門家ではない書き手によって育まれている自発的で、草の根の、商業ベースではない数多くのZine文化が育ってきました。僕がフィールドワークをしていた頃から20年近く経っていますが、このZine文化はたぶん今も、商業化やグローバル化を是としてサポーターを消費者化するか、もしくは古びた伝統的な「人民のゲーム」を取り戻せという懐古趣味に陥るかという、あまりにも単純化された二項対立に基づいて蓄積されてきたサッカーに対するある種の挑戦だと思います

"Welcome to Celtic Park"@Glasgow, Scotland

“Welcome to Celtic Park”@Glasgow, Scotland

サポーター(観戦する身体)自らが書くドキュメント

ファンジンの書き手や編集者は、ジャーナリズムやメディアとは関係のないサポーターです。つまり、チケットを買って「観戦する」身体が同時に自ら書きドキュメントする身体となるということです。こうした「参加型」で「能動的」なサッカー・ファンの文化形成が、クラブやサッカー協会の公式の言説やマス・メディアに対する代替的な言説空間を作り上げてきたのです。それは少部数しか印刷されず、短命で、ポピュリズムであり、アイロニーやレトリックにまみれ、風刺的な表現や政治的正しさを求める姿勢と同時に、アイロニーや風刺はこれみよがしの政治的正しさを意図も簡単にこき下ろします。誰もクラブの公式見解なんかはなっから信じてはいない。だから批判勢力にとどまり続けるものが大半ですし、それがまた限界でもあるでしょう。いずれにせよファンジンは、単なる言説のチャンネルとしてではなく、サッカー文化の担い手たちによる公共空間の可能性と限界を部分的にではあれ体現する装置なのだと思います。by Ogasawara-san

プレーもCelticをまとって

プレーもCelticをまとって

立石さんからのコメント

学生時代にカルチュラル・スタディーズをほんの少しかじっていた私が、はじめて小笠原さんの存在を知ったときに、グラスゴーでセルティックを中心にフィールドワークをされたということについて、サッカー文化論を多少なりとも強く意識していたサッカーファンの私にとっては「絶妙のチョイスだ!うらやましい!!」と思ったことを今でも覚えています。そしてひょんなことで今回カルチュラル・タイフーンでご一緒させていただき、そして今回の寄稿を読ませていただいて、あの頃の小笠原さんにとって、じつはファンジンがセルティックやレンジャーズのファンたちの語りをたどっていくうえで重要な資料となっていたことを知ることができて、より興味深く思えてきた次第です。

今回のトークで小笠原さんのこの文章を解説(?)をさせていただきながら改めて思ったことは、やはりZINE(小冊子)というメディアのもつ「物質性」が、ひとつのローカルな現場における、スポーツという「非物質的な集合的記憶」を、次の世代へと語り継いでいくうえで重要な役割を担っていた可能性があるということです。そしてまた、市立図書館がちゃんとその意義を認めて、ファンジンを保存していることもまた、成熟したフットボール文化がしっかり根付いていることの証左としてあって、うらやましい世界だなぁと感じた次第です。by Tateishi-san

En-Zine@Cultural Typhoon, June14, 2015 by Tsujino-san

En-Zine@Cultural Typhoon, June14, 2015 by Tsujino-san

Tamakiさんにとっても、Zineが公共の図書館に収集され、そこからグローバルにもつながるローカルな歴史を読み解くことができることを、自分の周囲にいるhistorianたちにも伝えたいという感想でした。Ryutaさんは、アメリカにおいてもスポーツのファンダム文化はあるけれど、そこから生まれるさまざまなレジェンドは、商業主義に吸収されがちかもしれない、というコメントでした。

Mugikoは、グラスゴーにおけるファンジンの世界では、異なる立場の書き手(一般の人々)によるさまざま記憶や語りが、Zineをとおして蓄積され、統一されえないローカルな歴史をつくってゆくことが、驚きでした。他者との調和や理解を必ずしも求めるものではない緊張感と危うさ、商業主義や権威に安易に呑み込まれない頑さなが、Ogasawaraさんがいうファンジンの可能性や限界につながってゆくのかな。6月14日のカルチュラル・タイフーンでのEn-Zine座談会の最初の問いかけ、「今、なぜZINEなのか」を考えるヒントがOgasawaraさんの文章のなかにもあるような気がします。私には、大きなものから少々はずれる「いびつさ」が無数にありうることが、ZinesのZineたるゆえんなのかなと思います。Mugiko

夜中にヤモリ、5本指が窓にくっきり@Kyoto, July10, 2015

夜中にヤモリ、5本指が窓にくっきり@Kyoto, July10, 2015

■Blue Heart「台風」」■ザ・マスミサイル「フラワー」■ロッド・スチュワートRod Stewart「You’re In My Heart

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