No. 800-3. July 24, 2026 「時間と場所をこえて記録をつなぐプロジェクト」第10話ー「白馬三山」と再会、朝日美術館、柳沢家を初訪問

Part3, 【第10話】柳沢健作品がつなぐ記憶と時間

下記ではPart3の録音の10mからの内容をまとめます。前半は、No. 800-2へ。

初めての朝日美術館を訪問 with 柳沢一実さん、よし子さん

2026年7月11日名古屋7時発の「しなの1号」に乗りました。車窓から山地や河の景色を眺めながらHS No. 798 を聴きました。番組がちょうど終わる頃、JR塩尻駅に到着しました。改札を出たところに、柳沢一実さんとよし子さんが並んで迎えてくれました。初対面だけど、電話でもお話ししていたので、懐かしいようなほっとした気持ちになりました。よし子さんが「私たち同じ年、生まれですね」と言われて、さらに気持ちがほぐれました。

一実さんが運転する車で40分ほど走って朝日美術館へ到着しました。お天気は悪くなかったけれど、雲がかかり、遠くのアルプスの山々はよく見えませんでしたが、平地には住宅や工場も多く、田畑の脇にも頑丈な送電線がたくさん張りめぐらされ、開発された郊外の風景が続きました。

朝日村歴史民俗資料館、「新発見、遺跡展」

人口4100人ほどの村に、こんな立派な歴史民俗資料館と美術館があることに、まず驚きました。Mayumiさんは、現在も美術館の運営にも関わっていますが、村の公民館や地域のイベントなど多くの企画に携わり、超多忙な業務をこなしています。この日はギャラリートークのため朝から美術館に来られていました。

青木啓子(Hiroko)さんは、2022年より学芸員として美術館と資料館を担当しています。Hirokoさんとお話をして、さまざまなアート展示や地域の資料を扱うこの仕事に情熱と広い関心を持たれていることが伝わってきました。建物の玄関内側に蛇の侵入を防ぐ板が置いてあり、そこに埴輪のイラストがさりげなく描かれていました。カワイイ。Hirokoさん作かな。

美術館でトークイベントが始まる前に、資料館も短い時間でしたが見学しました。縄文時代から現在に至るまで、遺跡から出土した土器や石器や朝日村の人々の暮らしや、生業で使われてきた道具もたくさんありました。地域の人々にとっても、自分たちと歴史とがつながっていると感じるような、手触り感を大切にした展示になっていました。

多様なアートや資料の展示と資料としての位置付け

先週のHSでRyutaさんが、図書館で古文書などの資料を位置づけるメタデータについて話されました。こうした地方の資料館においても、一つひとつの異なる種類の資料の記録の作成を、限られた人員で進めていかなければなりません。また、建物の修築に際してさまざまな資料を移動させ再展示するのは、大変な作業だったかと思います。

縄文の歴史が身近に続々と、村人が採取した大量の黒曜石の展示

午前10時から朝日美術館ふれあいギャラリーで行われた「新発見・遺跡展」(7月11日〜26日)のトークイベントも楽しかったです。2024年の夏、実家の畑で作業をしている時に発見された石の塊、それ以降、周辺で矢じりや黒曜石、土器片が次々と見つかり、、、というお話を、黒曜石の展示の横で発見者本人が語られました。

場所を得て生き生きとした「白馬三山」

美術館では、10点の柳沢健作品と柳沢健コレクションのさまざまな作家の34点の作品が、広々とした円形の2つの会場に展示されていました。

そして、美術館の特別展示で、5年ぶりに「白馬三山」に再会しました。イリノイから郵送され小包を開いた時とは印象が大きく異なり、絵が生き生きとしているように見えました。額装されたからかもしれませんが、Mugikoには、他の柳沢健の風景画と並んでいることで、「白馬三山」が場所を得たような印象を受けました。特に隣にかけられていた「水田」の絵との相性が良く、この特別展をPlathさんが見られたら、感動されたと思います。

Mayumiさんのギャラリートーク with The After Hours

特別展示室で10時半から始まったギャラリートークでは、Mayumiさんが、Plathさんの著作『The After Hours』を見せながら、柳沢健さんとPlathさんのつながり、そして一度海を渡った「白馬三山」が、アメリカから朝日美術館に寄贈される経緯を話されました。Mugikoも客席から少し話をしました。

地域に根ざすグローバルなつながりの可能性

柳沢一実さん、よし子さんも出席され、このギャラリートークはこれらの絵を朝日美術館に寄贈されたご家族への感謝を伝える機会でもあったのだと思います。Plathさんの著作にとっても、幸せな里帰りでした。地域の方々は、Mayumiさんのお話にどんな感想を持たれたのだろう。朝日美術館のゆったりとしたスペースの中で、柳沢健さんの暮らしの中にある風景画を見て、地域に深く根ざすことが、そこにある普遍的な哲学とともに、特定の場所をこえて世界とつながる可能性を感じました。

柳沢宅へ、食卓を囲む楽しさ、味わい

イベントの後も、事務室で皆さんと一時間あまりおしゃべりをして、一実さん・よし子さんの車で今度は松本市里山辺の柳沢宅へ伺いました。昼食にお蕎麦や豚肉の煮込みや、一実さんの畑のきゅうりなどをいただき、みんなで食卓を囲む楽しさを美味しく味わいました。

周囲との関係の中で絵を描き続ける

よし子さんが、「おじいちゃんは本当にやさしい人だった」と何度も言われました。健さんは別の仕事をしながら、とても忙しい日々であったけれど、孫の面倒もみながら、絵はずっと描き続けてこられました。健さんのお連れ合い、一実さんのお母さまともお会いできました。「夫はいつも絵を描いていて、でもよく一緒に旅行に行った」と話されていました。周囲との関係の中で絵を描き続ける、しなやかで芯の強い人だったのかなとご家族のお話を聞いて想像しました。

柳沢健さんのアトリエ、外の風景との連続

柳沢健さんのアトリエも見せていただきました。改修されていてPlathさんが訪問した当時とは違いますが、窓が大きく、柔らかく明るい場所でした。美術館に展示されている絵は、1枚、1枚がきりりと誇り高く存在しているけれど、アトリエにある絵たちは、部屋の窓から見える風景とどこかつながっているような気がしました。

人の気配のする温かい雪景色

一実さんが押入れに立ててある絵も出して見せてくれました。Mugikoは健さんの雪の絵が好きです。画集に収められている同じ絵であっても、直に見る雪の絵は、なんだかふわっと暖かい。そこに人は描かれていなくても、人の気配がします。

松本市街でアイスクリーム

一実さんとよし子さんは、Plathさんと健さんが歩いた松本市の中心地にも案内してくれました。2つのアルバムに入っていた市街地の写真が実際にどの場所なのかは私にはわからないけれど、半世紀以上前の面影が現在の街の所々に残っているような気がしました。今では海外からの観光客も多く歩いているけれど、1960年頃は、Plathさんやご家族がこの街を歩いていたら目立っただろうなと思います。本格的なアイスクリーム店もあり、好きなアイスを2つコーンに乗せてご馳走になりました。中学生のクラブの帰りに友達とおしゃべりしながら立ち食いするようなそんな楽しい時間でした。

地域のつながり、人と人、場所への愛着

実際に現場を訪れて、「つなぐプロジェクト」が始まりえたのは、Plathさんの思いを受けてさまざまな人が関係をつむいでくれたことと、そしてこの地域に「つながり」が存続していることも大きな要素だと思いました。

柳沢健さんが「地元」の人と社会と関わりながら絵を描き続け、一実さんたち柳沢家の人々がそれぞれに地域とつながり、朝日美術館・歴史民俗資料館をはじめ文化を共有し未来に伝える営みが大切にされ、日々の暮らしの中に人と人との関係が生きている。Plathさんのフィールドワークから60年以上を経て地域の関係は、『The After Hours』で描かれたものとは大きく変化しているだろうけれど、人とのつながり方や場所への愛着が、さりげなく確かに存在しているような気がしました。そうした関係にHSが関わることができたことに深く感謝いたします。

「つなぐプロジェクト」、次回はいつどんな物語とつながるでしょうか。信州からのメッセージもいつでもお待ちしています。また訪問させてください。ありがとうございます。-Mugi

◼️ Nujabes「Luv(sic.) pt3」 [feat. Shing02]

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