1月19日(金)WRFUトラブル
本日のHarukana Showと前後の番組が放送・配信されませんでした。WRFUスタジオにおいての不具合が生じていると思われます。今日のHSの開始を待っていてくださった皆さん、たいへん申し訳ありません。ただいま原因を問い合わせ中です。
1月17日に収録した番組のPart1をPodcastに掲載します。RyutaさんはTokyoから、MugikoはKyotoから出演しました。後半部分は来週、改めてお届けします。
Part1, 「1.17に思う」with Tsujino
阪神淡路大震災から29年
1995年1月17日午前5時46分に発生した阪神淡路大震災、死者は6436人にのぼりました。当時、Ryutaさんは中学校からスキー実習へゆき、宿泊施設の早朝のテレビニュースで震災について初めて知りました。Mugikoは金沢大学助手、古いアパートも揺れ、テレビニュースを見てKyotoの実家に電話をしました。当時、携帯電話もまだ普及していませんでした。
*NTT災害用伝言ダイヤル(171)の開設「阪神・淡路大震災では神戸市中心に電話回線が不通になり、被災者どうしや離れて住む家族などによる安否確認が出来ない状態が長期間続きました。当時は携帯電話もほとんど普及しておらず、公衆電話などに人々の列が出来ました。こうした事態を回避しようとNTTによって開設されたのが災害用伝言ダイヤル(171)です。現在はインターネット上の災害用伝言板や、携帯各社による災害用伝言板も普及してきています。」(阪神・淡路大震災とは 最大震度7の直下型地震 近代都市を襲った被害と教訓 2024, 01, 02 , NHK 災害列島 命を守る情報サイト)>>> 「災害時の連絡手段と171などの使い方」はこちら
Tsujinoさんは関西にいてこの震災を経験しました。
断水、トイレ用の水を背負って学校へ-Tsujino
1.17の頃になると、職場の空間に献花が置かれ、自然とそこに足が向きます。当時のことがいろいろと。その中で1つ。当時通っていた学校は避難所となっており、普段の風景から一変した状況が続いていました。学校へ行く時には水を入れた大きいペットボトル数本を背負って行きました。断水状態が続いていたため、トイレの水が必要でした。キャンパスには、学生、近隣の人たち、被災した人も含めて、多くの人たちが、そこでできることを日々していました。ボランティア元年と、のちに呼ばれた年でした。-Tsujino
Tsujinoさんが、神戸市東灘区を拠点に「ひがしなだコミュニティメディア」の活動を続けているのには、原点に阪神淡路大震災の経験があるのだと思います。2011年3月11日の東日本大震災の直後に、Champaignに滞在していたMugikoが、WRFUから日本語番組を開始するか迷っていた時に、Tsujinoさんが、こんな時だからこそ、マイノリティ言語でも発信できる地域メディアが大切だと日本から背中を押してくれました。-Mugi
Champaignは厳しい寒さ、雪も。
U-Cでは、厳しい寒さが続いてます。Satomiさんによると、「今週はこちらは毎日寒かったです。今朝(1月19日)は雪が積もりました。仕事から戻って、先ほど家の前の雪かきをしました。少し体を動かさないと、ここ一週間、運動不足。今週は室内で過ごす時間がとても多かったです。」
COVID-19感染者増加
COVID-19陽性者数が急増しています、CUPHDによる2023年12月4日現在334人から、2024年1月16日現在は862人になっています。室内で過ごすことが多い時期ですが、換気をして、COVID-19やインフルエンザなど感染症に気をつけてお過ごしください。-Mugi