No. 771, Jan. 2, 2026, 新春の初「落語」トーク with Kudo-san

あけましておめでとうございます

Harukana Showは2026年4月に15周年を迎えます。グローバルにローカルにおしゃべりを続けてゆきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

2026年初トークは「RAKUGO」with Kudo-san

Kudoさんは徳島県出身、関西で学生時代を過ごし、その後、大学で社会学を教えています。「ライブもの」が大好きで、その一つが落語です。Kudoさんが書かれた「落語家」についての本が読みやすくとても面白かったので、出演をお願いしました。HS初の「RAKUGO」トークです。収録は2025年12月30日から31日にかけての深夜、RyutaさんはOsakaから、KudoさんとMugikoはKyotoから参加しました。

Part1ではまず新年のご挨拶とそれぞれの「普通」のお正月について、Part2では落語とは何かを初めて知る人向けに説明し、Part3では「寄席」というライブ空間について、Kudoさんを中心に3人で楽しくおしゃべりしています。Mugikoの素朴な質問にKudoさんが柔らかく丁寧に解説しています。Kudoさんからメッセージもいただいています。

Kudo-sanよりHSへご挨拶ー「落語の国」

およそ35年、落語を聴いています。

ご隠居に若旦那、八っつあん(八五郎)に熊さん(熊五郎)、お清どんに定吉、身分も立場も違う人びとがフラットに関わり合い、ありのままで生きる「落語の国」。そこには「人間はどうしようもないものだ。人間はたいしたものではない。人間はみな同じようなものだ」という人間観に基づいた「人へのこだわりのなさ」があります。

落語は江戸時代や明治時代の社会を背景にしたものが多いのですが、実際にその時代を生きた人たちにとっても、「こんな社会であったらいいのに」と願った、理想の世界だったのかもしれません。それはまた、今を生きる私の理想の世界でもあります。

「落語の国」の出来事を話すことで、私たちをその世界に誘ってくれる落語家さんたち。かれらにとって、「芸」とは何か。人生の歩みがどのように芸に生かされ、芸が磨き上げられてきたのか。落語家一人一人が人生をかける芸の魅力はどこにあるのか――そういうことが知りたくなって、『野暮は承知の落語家論――人生と芸の交差を読む』(青弓社、2025年10月)という本を書きました。

落語家さん本人や関係者が語る言葉、評論家の文章、私が通った高座(こうざ)の記憶を資料として、古今亭志ん朝(ここんていしんちょう)、立川志の輔(たてかわしのすけ)、柳家喬太郎(やなぎやきょうたろう)、春風亭一之輔(しゅんぷうていいちのすけ)、それに落語に関わりの深い俳優の小沢昭一、講談師の神田伯山(かんだはくざん)の人生と芸の交わりを捉えようと試みました。

そういう本を、これまで落語を聴いたことがなかったMugikoさんが「おもしろかった」と思ってくれたことにより、Harukana Showに出演することになりました。およそ30年つきあいのあるMugikoさんと落語の話をするなんて……これまで思ってもみなかったです。ごく平凡な私であっても、人生の中で思いもよらないことが交わって来ることに、うれしい驚きがありました。-Kudo

Part1, 初詣で神社で厄除け大根、「普通」のお正月

今週のトークのマクラ(?)として、Kudoさん、Ryutaさん、Mugikoの3人がそれぞれのお正月について話しました。Kyoto在住のKudoさんの元旦は、家族4人で近所の「晴明神社」へ初詣。その後、「上賀茂神社」で「厄除け大根」を食べるのが恒例行事です。現在はOsaka在住のRyutaさんは、Kyotoにあるおつれあいの実家で年を越し、近所にある「城南宮」へお参りします。Kyoto生まれ、育ちのMugikoですが、元旦は夕方までひたすらお節料理を作っています。今年もなんとかHS「新年お節カード」作成に間に合いました。

「お正月」語りリレー:「うちは普通です」の多様性

Kudoさんが大学の授業でお正月について語る時間を設けると、学生たちは最初にみんなこう言うそうです。「うちは普通です」。でも、教室で前に立って数分話すと、「どこが普通やねん」と思うほど、それぞれの話はユニークです。「年越しの瞬間に家族全員でジャンプする」「枕元に新しい下着を置いて新年を祝う」など。そうした多様な語りを通して、日本のお正月という文化や地域性、社会の移り変わりも見えてくるかもしれません。

Part2, 「落語って何ですか?」スタイルとストーリー

Kudoさんにいきなり尋ねました。「落語って何ですか」。アメリカのリスナーにRAKUGOというものをどう説明するのか。う〜む、難しい。今週と来週の2回にわってKudoさんと気楽に触れるRAKUGOトークをお届けします。

座ったまま、言葉と仕草で物語を生き生きと伝える

落語は、演者が座布団の上に座ったままです。大道具はなく、手に扇子(せんす)や演目によっては手拭いなどを持っています。衣装は、着物に羽織りという場合が多いです。落語は「舌先の芸」とも言われます。立ち上がるなど身体の大きな動きはなく、言葉と仕草で15分、30分、時には1時間と話し続け、登場人物の様子や情景や物語を伝えます。

仏教のお説教、滑稽噺と人情噺

落語はもともとは仏教の僧侶による「お説教」から始まりました。これを面白く話し聞かせる工夫から展開して「落語」となりました。笑いを中心とした「滑稽噺」(こっけいばなし)と、笑いを含みつつも親子や夫婦の絆などドラマチックな泣ける「人情噺」(にんじょうばなし)もあります。例えば、三遊亭圓朝(さんゆうていえんちょう)の「芝浜」は有名な人情噺です。

*古今亭志ん朝「芝浜

Part3, 「寄席(Yose)」という庶民が楽しめるライブ空間

Mugikoは、落語とは敷居が高い伝統芸能だと思っていました。Kudoさんの本を読んで、落語はお客さんに寄り添った身近な芸なのかなと思い興味をもちました。落語が行われる「寄席」とはどんな場所なのでしょうか。

「落語家のホームグラウンドは寄席である。『よせ』とは『寄せ場』の略語である。要するに大勢の人々を寄せ集めて、さまざまな大衆芸能を興行する場所のことをいう…現在、一年中休みなく落語の興行がされているのは、東京では上野鈴本演芸場、新宿末広亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場の4軒だけである」(工藤 2025, pp221-222)。

寄席では、落語を中心に色物(いろもの)と呼ばれる漫才や漫談、マジック、紙切りなどの演芸も入ります。お弁当やお酒の飲食もOKであったり、昼の部と夜の部と、続けて何時間も演目を見ることできる場合もあります。堅苦しい場所ではなく、誰でもリラックスして楽しむことができるライブな空間なのです。-まとめ by Mugi

Ryutaさんがコメントされたように、アメリカでも一人でステージに立ってジョークを連発するスタンダップコメディ(Stand-up comedy)がありますが、「物語性」がある落語とは趣向が異なります。来週のトークでは、落語において物語を構成する複数の登場人物を一人の演者がどのように演じ分けるのか、そんなお話を伺います。お楽しみに。

◼️リクオ「」(新年らしいかなと)◼️高田渡「ごあいさつ」(渡さんの歌や語りは落語と共通する「粋」があるかなと)◼️高田蓮「生活の柄」(渡さんの息子の蓮くんも、渡さんの「粋」を受け継いでるように感じます)*リクオに選曲をお願いしました。カッコ内はリクオからのコメントです。

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