No. 730, March 21, 2025, 「トランスレーション・スタディーズ」って何だ?with Nana-san

春の突風、荒れたお天気@Champaign

Champaignは、この一週間、寒暖の差が大きく突風が吹く極端なお天気でした。WRFUのStuartさんに今週の番組音源を送って、「変なお天気だすね、気をつけて」とメッセージをそえると、返信にこんな写真が添付されていました。

今週の収録は日本時間の3月19日日中。この日、Kyotoは朝からボタゆきが降っていましたが、週末は気温が20℃前後まで上がり、一気に春めいてきました。それぞれの場所でどんな季節ですか。皆さんからの季節のお便り、写真をお待ちしています。

Part1ではU-Cのイベント情報など、Part2&3では、初出演のNanaさんをゲストにお迎えしています。テーマは、Translation Studies。「何、それ?」という方、ぜひPodcastを聞いてみてください。

Part1, Seed Exchangeの季節、Japanese Paper Print Project

図書館を窓口に種をとおして地域のつながりをやさしく育む

Urbana Free LibraryのHPを開くと、トップページにSEED EXCHANGEが目につきます。HSで以前にも紹介しました(HS No. 628)。図書館の2階に受付で手続きをすれば、植物の種を10袋までもらえます。誰かが寄付した種が、誰かの庭に育ち、時にはそこでできた種をまた図書館に寄付。公共図書館を窓口に種をとおして地域がやさしくつながっていきます。

Japanese Paper Print Project: Film and Live Music Event

“Japanese paper films”って何だろう?無料で一般公開のイベントです。1930年代の貴重な「紙フィルム」の上映を生演奏の音楽と共に楽しむことができます。3月28日(金)7pm〜@Knight Auditorium, Spurlock Museum。バックネル大学のエリック・ファーデン教授の解説もあります。

*エリック・ファーデン教授の研究発表会「デジタル時代における紙フィルムの復活」おもちゃ映画プログラム (おもちゃ映画ミュージアム

Part2,  HSで「はじめてのTranslation Studies」 with Nanaさん

京都国際マンガミュージアムでのNanaさんとの出会い

2025年3月1日、京都国際マンガミュージアムで「岩倉使節団150年:マンガで考える日本の近代」が開催され(HS No. 728)、パネリストの佐藤=ロスベアグ・ナナさんが、ご専門のトランスレーション・スタディーズ(TS)の観点から「マンガの翻訳」の面白さ・難しさについてコメントされました。

Mugikoはそのイベントで、参加者の関心をキュッと引き寄せるNanaさんの語り方に惹かれ、またTSという初めて聞く専門領域についてもっと知りたくなりました。また、Nanaさんが話題にされたマンガの翻訳については、HS(No. 726-1)で先月話題にしたところです。何というタイミング!その会場でNanaさんにHSへお誘いし、快諾をえました。Nanaさん、ご出演ありがとうございます!

Nanaさんのご紹介

Nanaさんは立命館大学大学院先端総合学術研究科で博士号を取得、その後、北京精華大学外国語学部講師、英国のイースト・アングリア大学言語コミュニケーション学科講師をへて現在は、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)の言語文化学部教授、the SOAS Centre for Translation Studies所長をされています。2024年4月から2025年3月まで京都国際日本文化研究所の外国人研究員として日本に滞在されています。

収録は2025年3月19日、前半の30分では、NanaさんにTSって何?というお話を伺いました。Nanaさんの説明と、イリノイ大学でCommunication StudiesやIntarcultural Studiesを学んだRyutaさんからのコメントをとおして、TSの学際的な面白さが垣間見えてきます。Nanaさんに、TSについてまずは短くまとめていただきました。-Mugiko

Translation Studiesとは-Nana

TSは、端的に言うと、James Holmesが1972年に「翻訳の理論と実践をつないでいく学問を」という提案を行ったところから始まったと言われています*。その後、紆余曲折を経て、特に欧州を中心に1990年から2000年にかけて爆発的に広がった学問です。欧州の英語圏のイギリスにおいては、TSを提供している大学は相当数にのぼります。欧州の場合は、EUなどにおいて実践者が必要だという実質的な理由もあり、プログラムでは、理論とともに通訳や翻訳と合わせて学べるものが多いです。

TSにおける翻訳は、英語における多義的な意味を持つTranslationなので、日本で想定されやすい狭義の「文字から文字への翻訳」だけではなく、研究対象は、パフォーマンスの翻訳(例えば演劇からダンス)、映画から絵画への翻訳、または翻訳を比喩的に用いて移民が移動する生活を過ごす中で変わっていく過程を翻訳ととらえる(メタファーとしての翻訳)など多岐にわたります。近年の日本では比較文学研究者が世界文学の観点から翻訳研究を行っていますが、これはむしろアメリカの影響ととらえられます。-Nana

*James Holmes 1975 “The Name and Nature of Translation Studies ”. An expanded version of a paper presented in the Translation Section of the Third International Congress of Applied Linguistics, held in Copenhagen, 21-26 August 1972.

Part3, TSと文化の翻訳、記憶と記録、共有とメディアの政治性

Mugikoが専攻した文化人類学のフィールドワークは、多様な文化や暮らしの現場から学んだことを、ある意味では「翻訳」して他者に伝え、また現場の人々と共有します。TSにおいての「翻訳」も、文化人類学の営みと似ています。Nanaさんは『文化を翻訳する——知里真志保のアイヌ神謡訳における創造』(サッポロ堂書店 2011)を出版されており、アイヌ神謡訳を例にTSと文化の翻訳についても話していただきました。

TSと文化の翻訳、アイヌの口頭伝承訳-Nana

アイヌ民族はかつて文字を必要とせず、口頭伝承で生活に必要なことを伝えていました。現在でも書き文字をもたない言葉は、世界中で5000は存在するのではないかと言われ(言語を数えるのはある意味ナンセンスではありますが)、実は独自の文字システムを持つ言語よりはるかに多いのです。この口頭伝承を翻訳するという過程を通じてアイヌ語を残そうとしたアイヌ出身の知里幸恵や弟の知里真志保は、口頭で語られていた伝承をローマ字表記にしたり、そこから日本語に翻訳したりしました。

特に知里真志保の場合は、姉とは異なりアイヌ語の環境では育っておらず、その言葉を後から覚えました。そのため、真志保はむしろ自身の研究から、アイヌの口頭伝承がかつて、どのような状況でうたわれていたのかを再構築し、その文化的な背景もふくめて、日本語に翻訳しようとしました(と佐藤=ロスベアグは考えている)。文化の翻訳もさまざまな捉え方がありますが、私が知里真志保を取り上げて論じた「文化翻訳」は動的なダイナミックな文化をいかに言葉で再現するかという試みでした。-Nana

知里幸惠(1903-1922)は『アイヌ神謡集』を編訳した直後、19歳の若さで死去しました。弟の真志保(1909-1961)はアイヌ語を後から学び、言語学・民族学の研究者となります。アイヌの口頭伝承の何を「オリジナル」と考えていたのかは、2人の捉え方は同じではなかったというNanaさんのお話がMugikoには印象的でした。-Mugi

HSではこれまで記憶/記録とアーカイブについて話題にしてきました( ex. No. 642, No. 652, No.722)。「アーカイブ」に保存する場合も、Ryutaさんがトークの中で指摘されたように、情報として何を収集し管理するのかは、しばしばアーキビストに委ねられます。翻訳・通訳においても、何をどこまで、どのようなメディアを用いて伝えるのかは、政治や権力の問題とも関わってきそうです。Nanaさんにそんなお話も伺いました。-Mugi

TSと政治性や権力の問題-Nana

例えば、日本で制作された映画「Shall We ダンス? 」(周防正行監督 1996)がハリウッドで再制作(翻訳)され、アメリカで活躍する俳優陣たちのキャストでShall We Dance?(Peter Chelsom監督 2004)として生まれ変わりました。日本でアメリカ映画が放映される場合は、字幕または吹き替えをするのが通例ですが、逆に、アメリカでは、リメイクして放映することが多いです。そこには「アメリカ英語によるアメリカらしい見た目」、そして、リメイクをすることが「慣例」として「普通」であると受けとめるアメリカの心理状態がみられます。

なぜ、ある国の言語や文化がほかの国や地域のそれよりも力を持ち、強者のようにふるまえるのか。これらは、翻訳にかかわる(を取り囲む)権力の研究であり、それは、資本の力や政治の問題でもあります。一方、マララ・ユサフザイ(1997-)が狙撃された事件が日本語に翻訳され新聞等に掲載された際に、欧米では普通に報じられていたこの狙撃の背後にある宗教的な背景が切り取らとられていたことが指摘されています(坪井2013)*。-Nana

*坪井睦子『ボスニア紛争報道——メディアの表象と翻訳行為』みすず書房 2013

来週のHSではトークの後半、マンガと翻訳についてをお届けします。お楽しみに!

◾️MISIA「希望の歌」◾️Carole King「You’ve Got a friend」 ◾️Donny Hathaway「Someday We’ll All Be Free

WRFUの番組とHSの聴き方

HSやその他の番組も、WRFU104.5FMから聞くことができます。HSはアメリカCSTで金曜日午後6時、日本時間ではサマータイムは土曜日午前8時です。WRFUの番組アーカイブはShow Recording Archiveへ。2016年以降のHarukana Showも2016年以降の番組を音楽入りで聞くことができます。今週のHSはこちらです→2025-03-21-1800.mp3 (55MB)

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